2017年3月13日月曜日

あたらしい日々と爪あとと



2017年のHOPE for projectが終わりました。


これは色んなところで何回も言ってるけど、HOPE for projectは特別なイベント。
1年間、右往左往しながら音楽をつくって、また3月11日がくる。
わたしのかえる場所。


高校生のときにライブハウスで知り合ったバンドマンの男の子が、先週のARABAKIのライブオーディションにわざわざ来てくれたんだけどその時に

「音楽を辞める大きなタイミングっていうものがあって、例えば高校でバンドやってたやつは高校卒業のタイミングで、大学で音楽がんばってたやつも就職のタイミングで大体辞めていく、でもなみちゃんは大学の終わりから卒業にかけて音楽をやりはじめたような印象があって、すごく不思議だなと思ってた」

って言われた。
あーたしかになあ、それはたしかに不思議だねえ、とか人ごとみたいに思いながら、ほんとはぜんぶ合点がいってる。

もっとパーソナルなことを表現してもよくて、それは最も個なことが最も公になり得るからだよ、とアイゴンさんに言われた。
背負おうとせずに、もっと目の前にある音を楽しんでいいんだよ、とツネさんとCurly Giraffeさんに言われた。

言われてはじめて、わたしはそもそも自分が楽しむためだけに音楽をつくるということができないんだなということに気付く。
もてあました青春の時間を楽しく消費するための道具にわたしは音楽を選べなかった。
音楽は希求だった。 魔法だった。
わたしが音楽やピアノで将来生活することは絶対に無いから、と中学生くらいのとき母に言ったのをよく覚えてるし、できれば一生選びたくなかったのかもしれない。
ずっとずっと手の届かないきらめきであってほしかった。

でも、つくってる。

2011年3月11日に魔法がとけてしまったから。

その魔法を追いかけてる。 音楽が魔法じゃないって、もう知ってても。

何度も何度も試してみる。たぶん死ぬまで続ける。正直言って正気の沙汰ではない。何よりやってる本人がしんどいし辛い。

でも、GAGLEのHUNGERさんに言われた。
「なみちゃん、もっとできるよ」って。

これは秘密だけど、わたしも本当はずっとそう思ってる。
地震で倒れた衣装ケースとそこからぐちゃぐちゃに散らばった洋服を飛び越えて、ピアノの鍵盤の前に座ったときからずっと。

それを信じてくれる人がいること、受け取ってくれる人がいること、去ってもなお存在を強く感じれること。
そしてわたしが叶えたい魔法の、音楽の、還る場所があのまちの、あの海であること。


あとはもう音楽関係なく震災で家族を亡くした身として。
飛び立っていく風船をみるたびに、さよならって思う。
さよならって、まだこれから何度もおもう。この季節が来る度に。
お葬式やなんかはもちろんとても大事でフォーマルで完成された儀式だけど、ある日突然まちが消え、くらしが消え、ひとが消えたという事実はお葬式やそれに附随する各々の宗教が提供してくれるサービスでは回収しきれない。少なくともわたしはそうだった。
だからわたしたちは風船を飛ばすし、塔を建てるし、海に花をたむける。
わたしが音楽をつくってきたのもそういう行為のなかのひとつなんだきっと。
(あれ、音楽関係なくって言ったのに結局音楽にもどってきてしまう)


わたしにとってのHOPE for project、3月11日という日。
とにかく続けます。また新しい1年がはじまった。やっと。
東日本大震災から6年が経ちました。






【HOPE for project】
https://www.facebook.com/HopeForProject/

毎年3月11日に、被災地である宮城県仙台市荒浜地区の震災遺構・旧荒浜小学校で風船を飛ばしたり音楽ライブを開催しているイベントです。
ボランティアや活動を応援してくれるみなさんの協賛で成り立ってます、よかったらリンク覗いてみてくださいね。


2017年3月4日土曜日

アラバキ、だめだった。
最後の8組まで残れてよかったとか良い経験になったとかそんなこと今は全然言えない、応援してくれたみなさんごめんなさい。かなしい。