2017年2月14日火曜日

SWAY SWAY SWAY


去年の末くらいから音楽がつくれなくなった。

ありがたいことにここ3年くらいCM音楽やBGMの仕事でお金をもらうようになっていて、そうしてるうちに自分がどんな音をつくっていたのかわからなくなった。
もちろん仕事そのもの自体には何の罪もないし、わたしを信頼して仕事をくれた人たちには有難さしか感じてない。
でも体だけ正直で、わたしは自分でおもってるほど器用ではなかったみたいで、キーボードのある部屋に行くのもしんどくなってた。
こんなに音楽をつくらない時間が続くのは20歳以来はじめてで、心がどんどんひとりの場所に潜っていってるのを感じた。すごく焦った。

そういうときに、ハードディスクの奥から日記が出てきた。
自分自身やあらゆるものを粗雑に扱っていた時期、とても傷つけてしまった人と1年くらい前に話したときに書いたものだった。

そこには

「本当に本当に申し訳なかったと思ってる、というようなことを伝えたら『そんな謝罪はおまえの自己満足だ、これからのおまえの生き方で示せ』と言われた」

と書いてあった。

傷つけたひとがたくさんいて、誰かを試したり傷つけなければ自分の痛みがわからなかった頃があった。

2013年、「ARAHAMA callings」というアルバムをつくった。震災で失われたことたちを、音楽のなかで永遠にしたかった。人からどう思われるかとかそういうことを意識せずに何かに没頭したのはうまれてはじめてだった。

つくり終わってみたら、色んなひとに「ありがとう」と言われた。よくわからなかった。

よくわからなかったけど、鼻のおくがツンとして、ずっと泣いてた。


わたしのこころにわたしの知らない場所があって、その場所をずっとつつかれているような気分で、そんなことが人生にあり得るということ自体をはじめてその時に知った。

ことを、今回アラバキのオーディションに応募して思い出しました。

同じ場所をつつかれてるんだと思う。

それがこころのどこなのかはまだ分からないし、たぶん言葉にできないので、いつか音楽にしようと思った。

生きることは螺旋階段をのぼってるのと同じで、様々なレイヤーで同じ景色を何度も見るけど、それは同じ景色じゃない。上から見ると円だけど、横から見ると上に伸びてる。

気付けないけど、少しずつ、進んでる。

投票〆切まであと1時間ちょっとだけど、もう一度投票サイトのリンク貼ります。

https://eggs.mu/project/arabaki_rock_fest17_2nd/artist/OM_73

今日までの一週間、タイムラインやフィードに何度も同じリンクを貼ってるのでげっそりさせてしまった方もいると思うけど、でもものぐさで臆病故に何かにしがみつくのが苦手なわたしが必死になれたのは応援やシェアをしてくれた、メッセージをくれた、そして傍で励まして協力してくれたみなさんのおかげです。
こんなに支えてもらえるなんて思ってなかった。本当にありがとうございます。




自分が人に聴いてもらえる音楽をつくって、そしたら荒浜に東北に興味を持ってもらえるだろうかと思った夏があって、それが音楽をつくる底にはいつも沈殿していて、ARABAKIに出たい!だけじゃここまでできなかった。

応えたいし、かえしたいな。何年かかるかわからないけど。







本当に珍しく必死になっていて、最後の一押し!と思ってごく親しい友達にLINE送ったら、全員から「もう投票したよ」って返信がくる。

10代のころ。
荒浜にあった実家の自分の部屋の東の出窓に腰掛けて、煙草を背伸びして吸いながら、音楽を聴いて、朝を待ってた頃のことを覚えてる。
むかし、わたしは音楽とたったふたりきりだった。
まだ全然覚えてる。
いつかあの子にも届けばいい。


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